先日、高知へ行く用事があり、日程が迫っていたので、旅行会社に相談に行った。予算もあまりなかったので、金額を言ってその中で飛行機のチケットや宿泊先を決めてもらった。するとツアーのプランを進められた。ツアーというのは団体で行動して、自分の都合がきかないものだと思っていたが、飛行機と宿泊先を限定すると使えると教えてもらった。予算内で収まり便利なものだと感心した。ほかのところへ行くにも同じようなプランがあ
上手にツアーを使おう... の続きを読む
私には二人の兄がいます。でも、私は、私のすぐ上の兄と気が合うというか、昔から仲がよかったのです。この兄は、あまり人付き合いがうまくなく、友達と海外旅行へ行くなんてことがありませんでした。だからというわけではないのですが、私と兄と二人でツアーに参加して、海外旅行に行くことになりました。行き先は、兄が、ピラミッドを見たいというので、エジプトへ。傍から見ると、カップルに見えたかもしれませんが。なんとなく
兄とふたりでツアーに参加... の続きを読む
温泉は、食材の調理にも盛んに利用された。湯村温泉の荒湯は高温のため、山菜や笥・野菜などを湯がくためにも用いられてきた。湯に重曹が含まれているため、アクが抜けるという。現在も同じで、荒湯泉源に隣接して温度が異なる「かみの湯つぼ」「なかの湯つぼ」「したの湯つぼ」などがあり、さまざまな調理に用いられている。温泉は、このように食品の加工・調理に利用されることも少なくない。とくに高温源泉を調理に使う例は、湯
温泉は、食材の調理にも盛んに利用された... の続きを読む
折り返し形態となる分岐駅での機関車の付け替えは、昭和になってもやはり面倒だったようで、線路の分かれる方向自体を変えてしまった事例というのも存在する。静岡県の富士駅では、東西に走る東海道本線から、北の富士宮、甲府に向かって身延線という支線が分岐している。地図で見ればその線形は、西の静岡方面に向かって分かれ、北へ回り込むといった感じである。従って、東の東京方面から来た列車がストレートに身延線(富士宮方
直通のために線路を付け替える... の続きを読む
日本人にとって苦手なものだ。パーティなどというと、緊張するし、それも外国人ばかりとなれば、どうしていいのか分からないもの。しかし、実際には、気楽なものが多く、次第に顔見知りになっていくと、結構愉しいものになる。なんといってもパーティの時はお酒が無料で飲めるという特典もある。船上ではさまざまなパーティが開かれる。船長主催ウエルカムパーティ乗船して翌日の夕方は、ドレスコードがフォーマルということが多く
パーティに参加しよう... の続きを読む
青函連絡船の八甲田丸が博物館のようになっているので行ってみる。訪れる人が少なく維持が大変らしい。煙突の中を観ることができたり、船好きには愉しいところだ。市内を1日100円のレンタサイクルで走ってみる。やたらに野菜を売っている店が目に付く。いわゆる観光地へ行くのもいいだろうが、港街巡りも結構愉しいものだ。夜は、船からバスで、ねぶた祭りの桟敷席まで行く。奥に長い桟敷でちょっと竿燈より、観にくかった。ね
青函連絡船の八甲田丸... の続きを読む
現代のように短い間隔で駅を設置するわけにいかなかった明治の鉄道事悄が生んだ駅の配世が今に続いているわけだが、当時の「停車場設置の条件」は信じられないほど厳しいものがあり、急な勾配やカーブの途中だったりすると、集落の目の前にもかかわらず駅を設けられないことも多かった。それに加えて戦前に作られた駅は貨物も同時に扱ったため広いスペースが必要で、特に漁村など平坦な土地が限られている場合は、岬を越えた先に駅
謎を調べるのは楽しい... の続きを読む
二〇〇八年九月、東日本フェリー(本社・函館市)は原油価格の高騰とそれによる経営の悪化を理由に、函館〜青森、函館〜大間(青森県)、室蘭〜青森の三航路、すなわち国内すべてのフェリー運航事業から同年一一月三〇日をもって撤退することを発表した。青函航路の在来フェリー事業は、グループ会社である道南自動車フェリーで継承されたが、青森〜室蘭航路はその四一年の歴史に終止符を打った。下北半島の突端にある本州最北端の
フェリー航路存続にゆれる本州最北端の町・大間... の続きを読む
私がこの橋を通ったのは完成の数年後、寝台特急「サンライズ瀬戸」で坂出まで乗ったのが最初だ。児島駅を出てから地図を睨みつつ下津井瀬戸大橋にさしかかるのを今かと待ち構えると、廃止されて間もない下津井電鉄の線路が少し並行する。あちらも大正時代に岡山方面から下津井の港を経て香川県丸亀を結ぶ四国連絡を主目的に建設されたものだけに、「主役交代」を感じさせる場面であった。間もなく鷲羽山のトンネルを抜けて突然空中
海上鉄橋ならではのアングルを楽しめる... の続きを読む
日本では、現在暫定リストに掲載されているもの以外にも、世界遺産登録をめざす動きが、全国で五〇件以上ある。客観的に見て、登録されてもおかしくない物件もあれば、ブームに「便乗」しているようにしか思えないものもある。世界遺産に登録後、知名度が上がり観光客が激増した、白川郷や白神山地にあやかりたいという思いも強いのだろう。確かに、日本では、再び地方から大都市への人口流出が加速し、東京は別として、地方でまだ
各地の登録運動について... の続きを読む
私にとって最初の「関西体験」は昭和四八年(一九七三、中学二年の山陰旅行の帰りに立ち寄った京都である。中国地方のページに記した通り叔母・従妹と一緒で、高校の国語教諭だった叔母おすすめの寺社へあちこち連れて行ってもらったのだが、神社仏閣の風景はその翌年の関西修学旅行と頭の中で混在していて具体的にあまり思い出せない。はっきり覚えているのは、当時まだ健在だった京都市電に乗ったこと(一部路線が廃止されていた
最初の「関西体験」... の続きを読む
日本で小型機と聞くと、一般にはセスナのような軽飛行機を思い浮かべる人がまだまだ多いようだ。離島の生活路線の飛行機になじみのない都会の人々には、特にその傾向が強い。もうひとつの理由は、大手エアラインが大型機を派手に宣伝し、競って導入してきたために、「大型機ほど乗り心地がよい」とのイメージが定着し、小型機が隅に追いやられていたことによる。本来は五〇人乗りを「小型機」と呼ぶことはおかしなことである。「小
五〇人乗りのジェット機... の続きを読む
カリフォルニアワインで祝杯か。それが『ジャック・イン・ザ・ボックス』の1ドルほどのハンバーガーやタコスでいいのだろうか。フロントで、このファストフードチェーンの名前が出たとき、T君の目が少し輝いた気がした。以前、ロサンゼルスに滞在したとき、この店にはずいぶん世話になったらしい。ロサンゼルスでは知りあいの家や安宿に泊まり、食事はもっぱらファストフードだったという。彼と東京ではじめて会ったとき、泊まっ
食事はもっぱらファストフード... の続きを読む
メキシコ高原の近くに食の豊かな都市文化が成立しえた背景として、この地域にかつては沼沢地や湖が広がっていたという事実が重要だという。そこで「チナンパ」とよばれる独特の農法がおこなわれていたのである。そのチナンパ、果たしてどんな農法なのか。チナンパ農法は、メキシコシティー郊外に拡がるソチミルコという水郷地帯で、じつは現在でもおこなわれている。この場所も世界遺産に登録されている。農地をめざし、舟で水路を
水場の肥沃な土を徹底的に利用するチナンパ農法... の続きを読む
シャトルバスがあるものだと思っていた。しかしその案内がない。またしてもインフォメーションのお世話になった。シャトルバスはありますが、本数が多くないんです」「急いでるんです」「じゃあ、タクシーですね」とターミナルのなかを指差した。パッケージクレームの横にタクシーカウンターがあるという。急ぎ足でそこに戻り、LCCTまでと告げた。「38リンギットです」「はっ?」「20キロありますから」38リンギットは、
空港ってこんなに広いんだ... の続きを読む
80〜90年代はすでに保有するホテル、リゾートの改装、アップグレードを定期的に行いながら、さらに新しい物件の開発、運営を国内外に広げ企業として成長を続けていく。1996年にはニューヨーク証券取引所上場50周年を迎えたが、1946年、2500万ドルであった同企業の市場価格は、50年後、62億ドルと約250倍にまで膨れ上かっていた。1997年、32年間にわたってそれぞれ独自の経営を行っていた「ヒルトン
ヒルトングループについて... の続きを読む
尾道の街を歩いていて目に付くのは猫ばかりではない。フクロウもあちこちに潜んでいる。とは言っても生きたフクロウではなく石像。ありがたいことにこのフクロウ達が尾道を案内してくれるのだ。「どこでも博物館」と名付けられた、尾道観光ナビシステム。携帯電話を使うのがいかにも今風。ひとり旅には必携ともいえるアイテムが携帯電話だ。或る意味、携帯電話の普及がひとり旅の行動範囲を広げたといっても過言ではない。が、反面
尾道ではフクロウが道案内してくれる... の続きを読む
パーソナルホテルとパブリックホテルをどう区別するか、発案者の考えはこうである。パブリックホテルは、「集う」ことの出来るホテルを言い、即ち、レストランや宴会場、結婚式場、ロビーなど、宿泊以外の用に供する大規模な設備を持つホテルと規定する。それに対してパーソナルホテルは原則「泊まる」事に特化し、宿泊客以外が「集う」施設を有しないこととする。実に明解である。つまり、その空気で言えば、パブリックホテルは賑
パーソナルホテルとパブリックホテルの区別とは... の続きを読む
JR発足後にその傘下に入ったNRE(日本レストランエンタプライズ。旧日本食堂)や日食中央などの系列会社は、九〇年代に露骨なまでの拡張路線をとり。地元の老舗を次々と廃業へ追いやっていった。八王子の玉川亭はすでになく、同駅の立ち食いそばはもはや「陣馬そば」の看板を掲げていない。あるのはただ、日食中央の営業する「そば・うどん」の看板だけだ。立川の中村亭も「奥多摩そば」の看板を掲げてはいるが、事実上NRE
消えゆく文化の多様性... の続きを読む
海外旅行は最初で最後が家族で一緒に行ったグアムでした。その当時、住んでいた地方空港からはグアムへ直行便が出ていました。飛行場まで、家族そろって車に乗って行って、そのまま飛行機に乗りました。大きな空港から飛んでいる便よりは、値段も高かったのですが、子どもがまだ小さいので、車からすぐ飛行機に乗るというのは、とても助かりました。ただ、細かく計算したら大きな空港までの乗車賃もかかるので、そう大差はなかった
グアムに行った海外旅行... の続きを読む
近鉄奈良線(近鉄難波−近鉄奈良)や大阪線(上本町−伊勢中川)は、難波や上本町に向かう電車を上り、その反対を下りと称している。奈良県や三重県の方が大阪府よりも東京に近いことは明らかで、実際に両県を通るJR関西本線は原則を守っている。その反対に近鉄は、名古屋線や京都線を除き、本社のある大阪を中心とする上り下りの鉄道網を敷いているわけだ。同じような例は、静岡鉄道にも見られる。東海道本線とは全く逆に、本社
東京中心の原則... の続きを読む
「シカゴからのコネクティング(接続)列車のうち、『キャピトールーリミテッド号』にご乗車の方は、ラウンジカーにお集まりください」という主旨のアナウンスが流れたのだ。『キャピトールーリミテッド号』とは、議事堂の名が示すとおり、シカゴ発ワシントンDC行きの列車である。時刻表を開いて私はびっくりした。その列車のシカゴ発は、て8時25分なのである。このままいったら絶対間に合わないのだ。私には関係ないことでは
すべての鉄路はシカゴから... の続きを読む
ある時、私は経済視察団を引率して、東南アジアをまわり、帰りに香港に寄ったことがある。旅行社がついていたので、ガイドがどうしても、皆をデューティーフリー・ショップに連れて行こうとする。私は「もう日本人はこんなところで買物をしたりしないよ」と反対したが、「でも会社の方針ですから」と、どうしても、お客を中に引っ張り込もうとする。仕方がないので、「じゃ、僕はここで失礼します」といって引き返そうとすると、「
旅行社がついていた... の続きを読む
クリスティーナ・オンが表現するのは、「上品な空間と時間」である。肌触りのいい最高級リネンや、天然素材を使用したソープ、アメニティなどディテールに徹底的にこだわった空間には、余分な装飾は不要。シンプルだからこそクオリティの高さが引き立つとの概念から、細心の計算をし尽くしたミニマリズムがいさぎよい。また、ターコイズブルーの海や熱帯の肥沃な森、山峡の桃源郷など、厳選されたロケーションとの一体感を味わうた
提案するのは「ウェルビーイング」... の続きを読む
長い期間、放浪する気ならば、お金の出入りだけはきちんと記録しなくてはいけません。俺は小振りなノートに金銭の出入り(出ていくばかりだけれど)、その日の走行距離、燃費、ルート、景色などの簡単な印象を書いておく。べつに詳細な紀行文をしたためる必要はありません。他人に読ませるためのものではないのですから。でも、旅から戻って、暇なときに眺めると、ノートに記された単純なデータから、自分の旅を追体験することがで
日記を書くということ... の続きを読む
普通電車の三原ゆきに乗る。和気を過ぎると、右手には川幅の広い吉井川が線路に沿い、左手には山が迫ってくる。大本教団の「聖師」出口王仁三郎が、山頂にスサノヲの陵があるとして神聖視した熊山である。和気の次の駅は、その名もズバリ熊山だ。岡山−庭瀬間では、右手に黒住教の本部がある尾上神道山も見える。弥山や石城山も含めて、山陽本線沿線には宗教的な聖地とされる山が少なくない。岡山、倉敷では客の乗り降りが激しいが
山陽本線沿線の宗教的な聖地とされる山と団地銀座... の続きを読む
まだ夫と結婚する前の話ですが、お互い仕事が忙しい時期があり、それぞれの仕事の山場を過ぎた頃にご褒美と称して熱海温泉へ行き、国内旅行を楽しんだことがあります。私たちは、温泉というと大好きな群馬の温泉地を訪ねることが多いため、今回は少し行き先を変えようということになりました。群馬は海なし県ですので、海が近い場所で美味しい魚介類を食べようということで、熱海温泉の露天風呂付客室のある少し豪華な旅館に1泊旅
ご褒美の国内旅行で熱海温泉へ行きました... の続きを読む
オホーツク海側にでたら、内陸の山中よりも気温が低いではないですか。海流の関係でしょうか。とにかく尋常でない寒さです。走行する元気をなくして、クッチャロ湖畔のキャンプ場に逃げ込みました。情けないといわれるかもしれませんが、はめている軍手が雨で濡れて、指先の感覚が失せて、クラッチも満足に握れないような状態だったのです。キャンプ場にテントを張って、浜頓別の町に買い出しにでました。そうしたら町のミスコンテ
ミス・ハマトンについて... の続きを読む
もっとも近いはずの彼の地は遠かった。まず国内線旅客機で350km北のベロリゾンデ空港へ飛ぶ。そこからはタクシーをチャーターして150?ほど戻るのだが、それがとんでもない悪路で4時間も要したのである。それだけに私にとってサンージョアンーデルーヘイは、とんでもない場所というわけだ。しかしながら、日本の母子2人旅は、元気いっぱいであった。ここにたどり着くだけで、クタクタに疲れ果てている私とは対照的である
国内線旅客機で350km北のベロリゾンデ空港へ... の続きを読む
格安エアライン間の差別化が起きているわけだ。いったんは、機内サービスをほとんどなくすモデルでスタートした格安エアラインだが、激しい競争のなかで、既存航空会社のサービスをとり入れはじめているのだ。既存航空会社が格安エアライン化し、格安エアラインが既存航空会社化していくという両者の接近がはじまっている。格安エアラインが起こした運賃破壊や構造変化がひと段落し、それぞれが同一線上に並んで競い合うという時代
航空会社せめぎ合いの時代... の続きを読む
名伊特急と阪伊特急とでは号車順序が逆なために生じる現象である。同一ホームでの対面乗り換えに加え、先乗り列車と後乗列車の号車・座席番号を極力同じとするやり方は、新八代における九州新幹線「つばめ」と特急「リレーつばめ」の乗り継ぎでも採用されていることは既にご案内の通り。その先駆者が実は近鉄特急であったという一席。ところで、近鉄では今でも異なったゲージサイズが原因の特急乗り換えが存在する。橿原神宮前駅に
同一ホームでの対面乗り換えは実践されていない... の続きを読む
勝田を出て五分もすると、実に広々した平地の中を、たった一両のディーゼルカーは気持ちよさそうに走る。北海道かどこかの大平原の中を走っているような錯覚にとらわれてしまう。中根という小さな駅があるか、その周辺は、どこをとっても正に絵になる風景だ。次の那珂湊は湊線の中心となる駅で、降りる人も多く、構内も広い。ホームの脇には小さな車両基地があり、おもちや箱をひっくり返したように、色とりどりの車両が雑然と並ん
那珂湊の車両基地は色とりどりの車両がずらり... の続きを読む
2010年12月9日、エアアジアXが羽田空港に乗り入れた。エアアジアXは、アジア最大の格安エアライン(LCC=ローコストキャリア)であるエアアジアの、長距離部門にあたる。格安エアラインの日本乗り入れは、2007年からはじまっていた。しかし当初は優遇措置で誘致した関西空港に乗り入れる格安エアラインが目立った。首都圈の空港は、発着枠の制限や空港使用料の高さなどが障害になり、オーストラリアのジェットスタ
日本の格安エアラインは世界から遅れている... の続きを読む